エクソシスソ

今でこそ運動音痴と言われてしまうんだケド

一番自分の身体が整っていたのは

やっぱピエロをやっていた時かなぁ

モダンダンスなんかもやってたし

スピリチュアルギャザリング等で

変わった音の笛や打楽器などでサークル組んで踊っていた

私自身頭でっかちには時折なってしまうんだケド

心と身体は結構ピッタリくっついていると感じる

ピエロのマスターの教えから離れて大分経った後も

映画「アメリ」の証明写真の男として出演してなかった?と錯覚した(ご本人かもしれない)

とにかく、ヒューマンネイチャーたるものをわかりやすく

エクササイズしてくれて

第六感も働かせるチャレンジも試してくれて

興味深くクラスをたのしんだ

ピエロのワークショップの延長に

ピエロマスターの上の人がついて

パフォーマンスの向上のオンゴーイングクラスが定期的に始まった

月に何回か、試験的に自作のターン(ピエロの出番)を見せ合いっこしたり

世の中の摂理のゲームみたいな身体を動かすエクササイズも実施した

今、思えばこれがカルトっぽかった

ピエロマスターは、「神様の操りから逃れる為に帽子を被ってる」と言って

ディンガーロンハットを被っていて

私が体調を崩した時は、彼の緑の目が空っぽに見えて

彼自体がパペットになってしまった様に見えた

そのワークショップで学んだ事は今も私の中に生きていて

刷り込まれたと言ってもいい教えは

度々私の中で発動する

今回は、初めて発症した頃のカルテを読んだから

昔のコトを思い返していての発病だったというのもあるのだろう

寝付く時に、あたかも私が地球?宇宙?最後の生き物の様に感じられ

私が眠りに落ちるとこの次元が閉じられると感じてしまい

身体もそれを拒むので

まるでAEDを施された様に

心臓部から飛び上がって起き上がって

パペットみたいに線で釣られたみたいに

緩やかな動きで勝手に身体が動いてしまった

私の中では、ビリーアイリッシュの”Birds on the feather”のPVみたいに身体が動いたと感じた

その情景は息子のトラウマになってしまったみたい💧

初めて発病した時に、狭めの部屋で身体拘束があって、暫く放置された時も

産まれてくる前の空の上での事を麻酔が効いているうちに見た

私は難産だったから、結構長い間、背負って降りる「ギフト」の荷物(巾着袋)を選んでいた

丸くパンパンに膨れた大きな袋が目に入り

魅力的に感じて手を掛けると

門番の様な、神様の様な存在に

「それは大変だぞ、いいのか?」と問われ

「これがいい!」と重たい袋を担いで、そろそろと半ば引きずりながら雲の端まで来て

今生に降りてきた記憶が蘇った

麻酔から目覚めて微睡んでいたら

身体が勝手に隆起してエクソシスソみたいになって

自分が生まれてくる時を回想していた

遠くで父が私が産まれてくるのを待って叫んで応援してるのを聞いたり

自分につけられてたバイタル計測器の音や

身体が痛いとかはなかったけれど

何かを産み出している自分と

産まれてくる自分にも二役課せられていて

頭がキュッと抑えられみたいなのを体感した

産声が聞こえた時は

全てがリリースされて

何故か、この異様な情景を見届けていたアジア人の医師5.6人がその狭い部屋に入って来た

広東語かマンダリンがわからなったけど

私には中国人だと分かった

彼らは其々に手を私の腕に乗せて

スクラムを組む様に何かを誓う様に

一致団結してるみたいだった

研修医だったんじゃないかと思う

そんな不思議な出来事の後に保護室へ入った

あれは何だったのかは、あまり詮索した事がないけれど

身体に刷り込まれた教えは残る

例え、マスゲームみたいな動きでも

頭が空っぽにならずに習わないと

何を伝授されているか分からずに

ふとした時に、その動作が出るものだと思う

何事も、現在、この今を生きる事で

魔が刺したりあやつられる事は回避出来ると考えます

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